岡本太郎記念館

『原子』

2002年10月2日~12月27日

原始のエネルギーは混沌の発する力だ。
岡本太郎は明晰な論理の人でありながら、肉体の奥深くに、その渾沌を抱え持ち、聖なる神秘と同調するシャーマンでもあった。
これらの絵にはそういう彼の、原始の音が響いている。

『子供の時間』

2002年7月3日~9月30日

無邪気に眼を見はって、太郎は世界を見る。
深い共感。いのちの響きあい。
親も動物も、虫も、友達も、みんな太郎自身であり、同時に宇宙の神秘的な秩序をもっている。それは限りなく豊穰な、太郎の神話世界なのだ。

『美しく怒れ』

2002年4月3日~7月1日

岡本太郎は火山が爆発するように憤った。まったく私怨を含まない、人間としての純粋な怒り。
それは目ざましく、爽やかだった。若者とか子供、女性、障害をもつ人、いわゆる弱者が世の力を持った者からないがしろにされると、される側の立場に立っ て猛烈に怒った。
透明な、美しい憤怒の相を見てほしい。

『若いいのち』

2002年1月5日~4月1日

赤ちゃんがふくふくした手をのばして、何かを掴もうとしているところ。
信じ難いほど小さな足に、重そうな頭をのっけて、危っかしくよちよちと 歩く姿。
小犬でも猫でも、ライオンや象、ひよこ、幼い子はみんな凄い。
それは、いのちがむき出しになっているからだろう。
岡本太郎はそういう人だった。いつでも純粋で、ムキになって、曲がることを知らなかった。鋭い知性で、己を貫いているのに、無邪気なのだ。
今度はそういう彼の、そのまま出ている絵を集めた。

『さまざまな愛』

2001年10月3日~12月27日

天才は両性具有だという。
岡本太郎の常に挑戦するダイナミックな精神は、まさに男であり、「装える戦士」だったが、その内実にはデリケートで優しい、傷つきやすい、柔い心があった。無垢な少女のような、と言いたいくらい。
そのアンビヴァレンツから、さまざまな愛の変相が生れている。ときに激しく挑み、みつめあい、心をひらき、とけあう。
そのすべてが岡本太郎であることに、おののきを覚える。

『にらめっこ』

2001年7月4日~10月1日

『にらめっこ』という言葉は軽いが、岡本太郎にとっては、眼と眼を見つめあうことは一番真剣な、いのちの交流の象徴的行為。いわば儀式なのだ。
そのような絵が沢山ある。
あるものは深刻に、あるものはヒョウキンに、あるものはエロティックに、いのちといのちが見つめあう。
そこにひろがる、深い、無限の世界は観るものを戦慄させる。

『写真家 岡本太郎』

2001年4月4日~7月2日

岡本太郎のカメラ歴は長い。
パリ時代、マン・レイやブラッサイ、キャパなど今の写真家たちが聞いたら息を呑むような巨匠たちと親しかった彼は、いつの間にか自分もカメラを手に とるようになった。 最初に手ほどきをしたのは、マン・レイだったそうだ。ブラッサイとは有名な「夜の巴里」の撮影に毎晩同行してほっつき歩いていた。そのせいか、カメラを操 作する彼の手つきは適確で、素早かった。 ふだんはカメラを持つことはほとんどない。 取財のときだけなのだが。
岡本太郎の眼。岡本太郎の見たもの。
それがストレートに、衝撃的な構成力でこちらに迫ってくる。

『顔 2』

2001年1月5日~4月2日

こわい顔、無邪気な顔、悲しい顔、みんな岡本太郎だ。
画家はよく自画像を描くが、岡本太郎には自画像はない。だがこれらの不思議な生きものたちは、みんな、何と岡本太郎なのだろう。
この中から、あなたの岡本太郎を発見してほしい。

『顔 1』

2000年10月4日~12月27日

顔の中心 ── 眼。眼を描けば顔になる。
岡本太郎の作品 というと、大きな 眼玉を思い 浮べる人が多いだろう。
「 森の掟 」の赤い猛獣のギョロ眼、「 暴 走 」もそうだ。「青空」の官憲の暴力に踏みにじられ地面に叩きつけられて、不思議そうに見ひらかれた無邪気な眼。「太陽の塔」の丸い眼も印象的だし、「坐る ことを拒否する椅子」もみんな眼を持って顔になっている。 「眼は宇宙に通じる穴だ」と言っていた。
彼はその穴から、神秘と直結していたのだ。

岡本太郎の『不思議な世界』

2000年7月5日~10月2日

人間でもない。動物でもない。
不思議な世界としか言いようのない生きものたち。
不思議な“いのち”が、見たことのない妙な生きものであるだけに、
なまなましく、こちらに迫ってくる。
これは岡本太郎なのか。それとも彼の見つめている、
向こうの世界の象(かたち)なのか。
──でも、生きている!

『遊ぶ字』

2000年4月5日~7月3日

「遊ぶ字」という画集がある。全部文字だが、まるで絵のよう。"楽"という字は、にこにこして、いかにも楽しそうだし、"絵"という字は、本当に絵筆を とって絵を描いている人間に見える。お茶目な太郎さんのいたずら心があふれている。
岡本太郎にとって、書と絵とは区別がない表現手段だった。もともと漢字は象形 文字だから、彼には記号化される前の、そのものの形が見えてしまうのだ。しかも、極彩色の色も自然に浮かんでくる。まさに、字でもあり、絵でもある。 岡本太郎の " 遊 び " を見てほしい。

『壁画の原画』

2000年1月5日~4月3日

壁画、モニュメント、公共の場所に岡本太郎が作ったパブリックアートは数知れない。彼はこう言っていた。「ああいうものは、誰も一銭もお金を払わないで、 自分のものみたいな顔をして、良いの悪いのと言っていいんだぞ。見もしないで、すうっと通りすぎたっていいんだ。それがいいよ。この絵は何十億でございま すなんて、うやうやしく、見もしないでしまい込んでる。そんなのが、何が芸術だ。」ひらかれた、みんなのもの。そこに彼は情熱をぶつけ、嬉々として挑ん だ。その上、太郎には、 環境、その全体を適確につかみ取る天性の空間感覚があった。それらの作品は、場にピシャッとはまって、ゆるぎない。
原画は、小さいラフなものでも、完成した際の空間全体のイメージをくっきりと定着している。

『TAROのピエタ』

1999年10月6日~12月27日

壁画、モニュメント、公共の場所に岡本太郎が作ったパブリックアートは数知れない。彼はこう言っていた。「ああいうものは、誰も一銭もお金を払わないで、 自分のものみたいな顔をして、良いの悪いのと言っていいんだぞ。見もしないで、すうっと通りすぎたっていいんだ。それがいいよ。この絵は何十億でございま すなんて、うやうやしく、見もしないでしまい込んでる。そんなのが、何が芸術だ。」ひらかれた、みんなのもの。そこに彼は情熱をぶつけ、嬉々として挑ん だ。その上、太郎には、 環境、その全体を適確につかみ取る天性の空間感覚があった。それらの作品は、場にピシャッとはまって、ゆるぎない。
原画は、小さいラフなものでも、完成した際の空間全体のイメージをくっきりと定着している。

『TAROと生きものたち』 

1999年7月7日~10月4日

幼い日、私は 東京の青山6丁目で生れ、育った。
あの頃、日本中に舗装した道などというものはなかった。だから いつでも土の肌と 匂いと、そして目の前に舞いあがり、飛びかうさまざまの虫がいた。
私が一番親しみをもってとけあい、ふれあった相手は虫たちであった。春は蝶々、夏は蝉、トンボ、蛍、そしてやがてバッタ、こおろぎ、噛みきり‥‥‥いろんな虫をつかまえて来ては一緒に遊んだ。
目の前で動いている小さな虫、それが 自分か、自分が 虫か、混沌とした 充実感を覚えた。
未分化な生命の交歓が、今でも、ふと心の奥からふくれあがって、とび出してくるのである。(岡本太郎)

『TAROのエロス』 

1999年4月7日~7月4日

太郎のエロティスムは、甘い、ムード的な愛ではない。のけぞる女、激しく迫る男。その男自身も引き裂かれている。緊張、痛苦なしに歓びはない。そう言っているようだ。
彫刻『愛』は誰でも見ればお解りになるとおり、横たわる二人の像。
抽象的だが、左側の男は、いかにもりりしく、豊か、男性的だ。人喰い鮫のように、宙に向って鋭く突き出たギザギザの凸起。だがそのボディは固く締まって優 しい。女のまあるいお尻。ちょっとくねった脚部は、清らかな情感をたたえて、寄り添う。愛らしく、エロティックで、官能的な男女の像である。
だがこれを作っている時の彼は、泥んこ遊びに熱中する腕白小僧のように、無邪気に、戦闘的だ。顔にも胸にも石膏をはねかし、ノミや金槌を振って、ひたむきに挑む。
「女は女。男は男」と言いながら。

『TAROの母と子』 

1999年1月6日~4月4日

岡本太郎 ─ 母、誰でも岡本かの子を思い浮べるだろう。実際、芸術家・岡本太郎の形成にとって、母・かの子の存在は大きい。激しくて、純粋で、ひたむき。あまりにも良く似た親子である。
「母と子」と題する数々の絵は、かの子を意識して描いているのではないが、ここに見られる二人の人間像の激しい緊張関係、強烈ないのちの引っぱりあいは、やはり彼の全存在で受けとめた「母」、根源的な女人像の凄みを示しているように思われる。

『TAROのまつり』

1998年10月7日~ 12月27日

今回展示するトランプの原画は、岡本太郎といえば激しく強烈な大作、というイメージからは、きっと意外に思われるでしょう。1977年、ベルギーのカード 専門の制作会社でオリジナル美術トランプが作られました。そのために、キング・クィーン・ジャック・エースの各4枚、ジョーカー2種計18点の絵札を手描 きしたものです。
J、Qなどの字まで面白がって丁寧に描いていました。とりわけ、クイーンやエースの可愛くてコケティシュな女性たちは、気に入っていたようです。

岡本太郎の遊び心を楽しんでください。

『TAROの太陽2』

1998年8月19日~ 10月4日

1956年、丸の内の旧東京都庁舎を飾った陶板壁画11面は、庁舎取り壊しとともに姿を消しました。
今回、50号大の原画と共に、同じ大きさの石膏板の原型を展示致します。丹下健三の傑作だったこの都庁舎に挑み、二階吹き抜けの大空間をイメージしながら、無垢の石膏板に彫り込んだ岡本太郎の気魄が、今も噴出しているような原型です。
失われた名作を偲んで頂きたい。

『TAROの太陽』

1998年7月1日~ 8月16日

アトリエ・客間・庭園は生前のまま、ひょっこり岡本太郎が現れそうなパワ-あふれる空間です。

『TAROに出会う』

1998年5月7日~ 6月28日

アトリエ・客間・庭園は岡本太郎生前の姿を出来る限り忠実に残しております。林立する彫刻やモニュメント原型、芸術的家具などエネルギ-あふれる爆発空間でTAROと出会って下さい。

インターネット特別割引券

Taro Okamoto Memorial Museum