『生きる尊厳ー岡本太郎の縄文ー』

展示期間:2016年3月2日〜7月3日

1951年11月、岡本太郎は“生涯の友”との運命の出会いを果たします。戦後日本での活動再開から5年、上野の東京国立博物館でぐうぜん目にした縄文土器でした。

 

「驚いた。こんな日本があったのか。いやこれこそが日本なんだ。身体中の血が熱くわきたち、燃えあがる」

 

奔放、躍動、破調、ダイナミズム、アシンメトリー…。その荒々しく不協和な造形には、自然を敬い、自然を畏れ、自然と溶け合いながら生きた縄文人たちの精神が刻印されていました。
獲物を追い、闘争する狩猟の民がもっていた原始のたくましさと豊かさ、ふつふつとたぎる生命力。わびさび型の日本の伝統美とは真逆の美意識を見出した太郎は、これこそが〝オリジナルの日本〟〝失われてしまった日本〟なのだと直観します。
太郎にとって縄文との出会いは日本の発見であり、自分自身の発見でした。ついに戦友が現れた。そう思ったことでしょう。太郎は、考古学に幽閉されていた縄文を芸術の世界に解放しただけでなく、自らの人生観・芸術観の核にセットします。
岡本芸術とは縄文精神の発露である。そう言い切って差し支えないとぼくは考えます。
岡本作品と縄文土器を同じ空間で体感して欲しい。そうした思いからこの展覧会を企画しました。キュレーションは、縄文と太郎を同時並行で研究している國學院大學博物館学芸員の石井匠氏。「明日の神話」再生プロジェクトの一員として壁画修復にもあたった男です。
当記念館ではじめての縄文展。どうぞお楽しみください。

 

岡本太郎記念館 館長 平野暁臣

 

 

失われた過去の記憶――縄文時代。岡本太郎が歓喜した縄文土器は、縄文人が日常的に使った土鍋である。彼らの鍋料理に必要なのは、鍋と水と火、狩猟採集漁労でえた山野河海の幸、炉石、薪だ。
縄文人にとって動植物や自然物、人工物は、単なる料理の具材、資源、道具ではない。すべてが、かけがえのないイノチ。本来、食事とは、イノチがイノチを懸けてイノチを奪い、イノチを食らうことで混じり合う、厳粛で神聖な儀式である。
〝いのちの交歓〟――太郎にとっての〝縄文〟は、他のイノチと文字どおり混じり合い、共に生きることである。彼は〝生きることは芸術である〟と言う。いのちと交歓する生と死の営み。それが岡本芸術なのだ。
日本列島の土器出現から16,000年後、太郎は縄文土器といのちの交歓を果たした。〝非情なアシンメトリー〟に彩られる縄文という盟友をえた彼は、稲作農耕を基盤とする〝弥生〟という〝シンメトリカルな形式主義〟をぶち破る闘いにうって出る。
自然を管理するシステムを備えた稲作。そのはじまりこそが〝第一次産業革命〟だ。それが現代に蔓延する陰湿な日本的ムードを生みだした。人間と自然を分離し、効率的に自然を管理しようとする人間中心の社会では、いのちの交歓は絶たれ、生命力は去勢される。さらなる縄文が必要だ。彼はそう考えた。
太郎は世界の奥底にうごめく縄文を求めて旅にでる。沖縄の聖地・御嶽(うたき)との出会いは宿命的だった。石と樹しかない、神と人が交歓する空間に漂う〝なんにもないキヨラカサ〟は、縄文土器と同質の〝生命の共感〟を彼の心に呼び覚ました。
泥沼の闘いを強いられる日本において、岡本太郎という名の男に課されたミッション。それは、己のイノチと引き換えに、泥の中から忘れられた日本を奪還し、〝生きる尊厳〟を現代人にとり戻すことだった。
岡本芸呪術の錬金術的方程式は「己×縄文=いのちの創造」である。
あなた×縄文は? 答えは、あなた自身の中にある。

 

國學院大學博物館学芸員/岡本太郎記念館客員研究員  石井 匠

 

協力:國學院大學博物館

 

※本展会期中には、第18回岡本太郎現代芸術賞で太郎賞を受賞したYotta(ヨタ)と、敏子賞を受賞した久松知子の特別展示も行ないました。